意外と因縁がある??

ふと思い出して気がついたんですが、実は、私の曾祖父は洋服屋をやっていたんですよね。

「冨(とみ)紳士服」という店名だったそうで。これまた偶然?メンズ。
大正~戦中まで営業してたのかなぁ?
紳士カジュアル服という概念は多分まだ日本には無い頃で、
紳士の洋服といえば制服やスーツなどを指していたっぽい。
(洋服の歴史には詳しく無いので信じないでください^^;)

空襲で店が無くなったのを機に廃業しているので、今は何も引き継いでいませんが。

そして、曾祖父との縁はそれだけではない。。。

私は今の職に就く前は墓石屋さんに勤めてたんですが、
その曾祖父のもう一代上はこれまた石屋をやってたんだとか。
(曾祖父は養子として入って、曾祖母と結婚したけど、
 石屋は継がずに洋服屋をやったらしい)

しかも私の前職の勤務地が、その石屋を開いていた土地(曾祖母の出身地)だった。。(勤め始めてから知った)
前職で入寮していた会社の寮が、曾祖父母の墓がある隣の駅だった。。
祖母は「父母が呼んだんだ」と感慨深そうに言ってたよ。

私が墓石屋に勤めていたとき(2007年)に強烈にツイてない自分的大厄年を経験して以来、
ラッキーに出会うたびに神様に見守られているような気持ちになるんですが、
もしかしたら曾祖父に見守られているのかも知れませんねぇ。

来年か再来年か、専門学校を卒業するときに
曾祖父の墓へ行ってみようかなぁ。
(実は一度も行った事が無い)
スポンサーサイト

自分が奮い立つ場所

昨日は会社の帰りに母校に寄って、成績証明書をGETしてきました。

在学時よりも校舎が改修工事で大きく配置が変わっているので、
証明書発行機がどこに移ったのか分からず
しばし構内をさまよいました(笑)。

たどり着いたら次は発行機のタッチパネルと格闘!(笑)
卒業して●年経ちますが、学籍番号を覚えていたなんて奇跡だ!と思った!

所要が済んで帰り際に、学内にある神社の神殿にあいさつして帰りました。
在学中はいつも素通りだったんですけどね☆
反って卒業してからのほうが、行く機会も少ないし、あいさつしようという気になります(^^)。

日本について勉強していた場所に戻ると、いつも
あの頃も今も頑張っている自分を感じます。

在学中は社会の中での自分の存在意義に悩んでいて、
それゆえに景気が上向いてきていても自分の就職活動はあまり上手くはいかなかったりと
苦しいけど頑張るという感じだったんですが、
今はそういう苦しさは無くなっていて、等身大のやる気だけがあります。

もともと就職に有利かどうかなんて事は考えずに
この分野を勉強してみたいという気持ちだけでこの学校に入ったんですが、
成績証明書に書かれている自分の成績を見て、
ああ学業を修めるとはこういうことをいうんだと悟りました。

三つ折にして、白い封筒に入れて、赤で「成績証明書在中」と書いて
専門学校の書類群の中に入れました。待ち遠しいですね。楽しみです。
あのころはまさか就職した後に専門学校に通うとは微塵も予想してなかったよ。

自分で人生を作っている実感っていうのはよいものですね。
プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示