ファッションデザイナー生活 227日目

共衿の端を手縫いしたあと、衿に重ねて縫い合わせました。

身頃にある内上げという部分を縫うために印を入れて、内上げを縫いました。

ストジャパとメールンに合う曲や動画をリストアップしてBGMにしながら縫製作業をし始めました。

ゲーム音楽だったり、スウェーデンのメタル音楽だったり、クラシックだったり、フィギュアスケート動画だったりと、ジャンルはバラバラです。ストジャパとメールンが正反対の世界観だからですね(笑)

ツイッターで外国の方からメールンドレスのデザイン画について「すごく美しい。美しいだけではない何かを感じる」と言ってもらえて、会社員を辞める決心をしたのがちょうど昨年の今頃でした。

ストジャパ用にリストアップした曲は撮影の時にも使ったものだし、どの曲も動画も思い入れの深いものだらけです。

結婚式が終わってそのあとも旦那の親族に会う機会があって、年末には結婚式に来られなかったウチの叔父叔母やいとこにも会うと思います。ウチの叔父叔母も硬派なので、恐らく職業についてあっちからもとやかく言われることでしょう。

結婚しろよ圧力の強い家系だったので、これまでとても苦しめられてきたなぁということも思い出しました。

ファッションデザインという分野にたどり着くまでにもずいぶん掛かったし、楽な人生ではなかったと思います。

いま自分のやりたいことをやり始めて、ひょっとしてこの時間は永くは続かないんじゃないか?いきなり予想もしていなかった病気でも発症して、自分は死んでしまうんじゃないか、という気分になりました。

いま余命をあと1年くらいと宣告されたら誰にどんなメッセージを渡して、ストジャパとメールンはどう後処理しようか、というのを考えながら縫製作業をしていました(^_^;)

思い入れの強すぎるものをBGMにしていた副作用ですかねえ。
私は健康に気を使っているし、体も頑丈なので、不慮の事故とかがなければ長生きすると思います。

大学の授業で死の受け止めかたと宗教の役割について涙をぼろぼろ流しながら学んでいたとき。
服の学校で型紙を製図しながら、半泣きで間違えた箇所を直していたとき。
今日涙を出しながら縫製していたとき。

泣きながら過ごした時間は、あとになって自分の人生で糧になって花開くものです。
今日の経験もいずれそういう役割になっていくことでしょう。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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