ファッションデザイナー生活 335日目

のんびり寝て、昼に起きました。

東日本大震災から5年目で、しかも初めて当時と同じ金曜日、しかもどんより曇ってて寒いところまでそっくり再現された記念日ですね。
おかげで、これまでの1周年~4周年の間では思い出さなかった光景を思い出しました。

当時東京は電車が止まっていたので私も途中から4キロ歩いて帰ったんですけど、携帯電話網が麻痺していたので、通りすがりに見掛けた公衆電話ボックスがどれも長蛇の列だったな、とか。

当時通っていた服飾学校の3月の作品発表会で、それぞれ自分の作品を紹介していた際、何人か東北出身らしき人たちから「地震が来てから制作どころではなくなってしまって…」という声を聞きましたが、そのなかで、作品が仕上がらず、発表できるものが無いけど欠席せずに壇に上がり、涙ぐみながら「発表できるものはありません」と答えていた生徒さんがいたのを思い出しました。
先生方が口頭でコメントを返す際、「作品を仕上げるべきですが、欠席せずにここに立ったことはものすごく勇気のいることです」とねぎらっていました。
当時の私は、自分よりもっと大変な目に遭っている人がたくさんいるんだな、と同情しながら聞いていましたが、いま思えば、発表会は中止するべきだったんじゃないの?という考えが湧いてきました。
しかし、よく考えてみれば、学校の校舎は、都心にありました。開催地が東北だったらともかく、社会インフラの被害がほとんどなかった東京では、成績を判定のための発表会を中止するという選択肢はあり得ないなと思い直しました。

震災発生時刻にテレビをつけて追悼式典を観ながら、国歌斉唱と黙祷に参加。
久しぶりに君が代を歌おうとしましたが、声のトーンが合わず、音程をつかめないまま終わってしまいました(笑)
表彰台に上がるたびにしっかりと君が代を歌っている羽生選手がすごいなと思いました(笑)

さて、風呂敷とハンカチをアイロン掛けして、袋詰めしました。
袋が足りなかったか、また買い足しに行かなきゃな。

机の上のミシンを片付けて、あさってのフリーマーケットに必要な物品を考えて、ポストカードのバラ売り用の一覧見本がないことに気づきました。
印刷所からもらった余部を使って、セロテープでつなぎ合わせて一覧を作りました。

100均に行き、製品包装用の袋と、値札用の紙と、ポストカード一覧に番号を振るための丸シール、小物入れのプラケースなどを買いました。

スーパーでお惣菜を買ってきて、家で夜ごはん。
外はメッチャ寒かった。。。気温は0度くらいだと思います。けっこう風があったので体感温度は氷点下かと。
寒そうに縮こまりながら行き交っている人がたくさんいました。
震災当日はもうちょっと風が弱かったので、空気は冷たくても歩いていれば震えるほどではなかったんですが、今日はメッチャ寒いですね(>_<)

さて、お風呂に入って、イベント会場で使うレジアプリにこれまでの新作を追加してから寝ます。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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