本日の日記

昨日印刷しておいたポートフォリオのページを!余白を切り落として、表紙を透明ビニール袋に入れたあと、ホチキスで中とじして、ポートフォリオが出来ました。
やることが一つ一つ片付いていくと気持ち良いですね。

そのあと、オーダーメイド衣装の、前のあわせに付けるヒモを用意しました。
ヒモ端を結んだあと、8mmスナップを縫い付けました。
身頃にもスナップ受けを縫い付けて、強度を確認。
薄くて伸びる生地ですけど、大丈夫そうです。

あわせの部分を結んで、終端に飾り玉を付けました。
飾り玉は木製とメッキ製と2種類用意していて、どっちを使おうか迷ったので、両方付けました。

組みヒモの花結びを途中まで用意して、午後3時に昼ごはん兼夜ごはんを食べました。

夜はシャンソンのコンサートを聴きに行きました。
先月の寄席のときにチケットを無料でいただいていたものです。
オーダーメイドに追われていて行くのどうしようか一瞬迷いましたが、来月パリに行くし、シャンソンを聞いたことないので、行くことにしました。

シャンソンって、歌が主体ですけど、朗読のような語りかけの要素が含まれている構成なんですね。
私は宝塚も観たことがないので、そのような形態は初めて観ました。

8割くらい日本語歌詞、2割くらいフランス語歌詞でした。
民間のシャンソン教室の発表会だったようで、生徒さんが代わる代わる歌っていました。
伴奏はピアノ、バイオリン、フルート、コントラバス、パーカッションと、結構豪華で、それなりに見ごたえがありました。
生徒さんは中高年のおばさんがほとんどなので、衣装の丈や幅に苦労していそうだなと感じました。
もしかしたら私が衣装調整のアルバイトをやることもあるかもしれませんね。
ほかのことをやりすぎるとメールンはおろかストジャパにも時間を割けなくなるので、あんまり婦人服の仕事がきても困るな、という気持ちもあるます。
捕らぬタヌキの皮算用で、仕事が来るまで関係ない事ではありますが、仕事の受け加減は難しいなと感じます。

さて、歌の内容がほぼ解るので、シャンソンを通じて近代から現代までのパリの風俗を少し知ることができました。
彼らにとって青春とは恋愛をすることであり、恋愛や夫婦の間柄をおもしろおかしく唄う。
そして、歳をとればかつての自分の美貌を羨望して哀愁に暮れる。
年齢に関係なく、みじめな境遇がそこらじゅうに転がっていて、恵まれない人・没落した人・かつて成功して今は寂しい老後を送っている人など、それらのみじめな人々は、パリっ子にとって、ありふれた存在であり、自分もそうなりかねないという同情がある。
シャンソンから感じたのはそんな風俗でした。

これまでフレンチ・ノスタルジックという言葉を聞くと、ペールグリーンというか、少しくすんだパステルカラーの緑色が思い浮かんでいたんですが、今日のシャンソンから思い浮かんだ色は、くすんだ紫色でした。

パリは中世から今でもずっと文化の中心都市ですから、上記に加えて、美しいもの、赴きのあるおもしろいもの、が大好き、という一面もあると思います。
あとオタク気質(笑)
自分の興味があるものについて、とことん究めるのが大好きだそうですね。

フランス人の友人はいないのが残念ですが、もし今後友達ができたら、そのようなパリの風俗の印象を話してみたいなと思います。
どれぐらい当たっているか、楽しみです。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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