本日の日記

フランスでは一回の食事の分量が多くて、連日、食べ過ぎています。お腹が苦しいです。
加えてホテルのベッドがあまり体に合わないらしく、朝起きると疲労が増えていますw
ジャパンエキスポが終わって、今日は自由行動の日です。
体が重だるくて胃もたれもしているので、朝ごはんは抜きにしました。

コインランドリーに行って洗濯。
日本と違ってコインを入れる場所が各機付随ではなく部屋の一ヶ所にありました。
フランス語なのでほとんど読めませんが、英語に近いつづりの単語や、絵などを手掛かりにして、なんとか操作することができました。
小銭を作るために隣のスーパーで買い物しましたが、それでも乾燥機の分までは捻出できなかったので、脱水が終わったらホテルに持って帰って部屋干ししました。

ノートルダム大聖堂への行き方を確認して出発。
地下鉄の Cite(シテ)駅で降りました。
目の前にあったゴージャスな史跡らしき建物が寺院かなと思って入ってみたら、王宮でした。
シテ宮殿というらしい?
建物内部ではフランス革命の様子が展示されていました。
革命の情景が描かれた絵画、宮殿にいた王族の肖像画とプロフィール、彼らの手書きの手紙らしきもの、牢屋、民衆が押し寄せて以降に王族の彼らが処刑までの日を過ごしたときの監禁生活の様子などが展示されていました。
フランス革命のことを展示の説明では The great terror と表記されていました。
絵画からは民衆側や王族側の感情が伝わる描写がされていますし、肖像の絵画や彫刻は不思議と現代の写真よりも生きている雰囲気が伝わってくるので、フランス革命とはすごい出来事だったんだなあと感じました。

隣接して、フランス革命のときに使われたらしき裁判所と、王族用の(?)小さな教会がありました。
裁判所は絵画にちらほら描かれていたので、見学はせずに、小さな教会のほうに入ってみました。
教会内部の壁や天井には、一面にユリの紋章が描かれていました。
奥の中央に像があって、イエスかなと思ったらルイ16世でした。背景のステンドグラスに描かれているのは多分キリスト教の十二使徒だと思うんですが…キリスト教に詳しくないので分かりませんw

昼食も抜いて、ノートルダム大聖堂へ。
正門前は広場になっていました。
聖堂の入口に向かって広場を歩いていたら、おっちゃんから英語で今何時ですか?と聞かれました。
時計を見て答えたあと、どこから来たの?と聞かれたので、日本だと答えたら、おっちゃんのテンションが跳ね上がって、うおー日本人だ!おれ日本人大好きなんだ、横浜に住んでたんだ、と大喜びしていました。
ノートルダムに行くのかい?一緒に行ってもいいかい?今日フリーなんだ、博物館に行くところだったんだ、博物館行かないかい?ノートルダムはそのあと行こう、という流れで博物館に連れ回されて、チケット代の便乗詐欺に遭いました(笑)
あとかなりセクハラを受けましたが、散々キスされたあとにうんざりして No と言うようにしたらやらなくなっていきました(笑)
博物館を見終わった頃に私の所持現金が底をついたことを知ったせいだと思いますが、ノートルダムに入場したら「あとは一人で回ってね、バイバイ」とあっさり別れていきましたw
ノートルダムのチケットを買ってくるから 15ユーロちょうだいと言われて渡してしまったんですが、ノートルダムは入場無料だったようですw
博物館の入場料として 18ユーロ取られたので、合計 3300円くらい巻き上げられましたかね。
イスラエル一人旅の予行練習として、パリに居るうちに詐欺被害とセクハラ被害を体験できたのは幸いと思うことにしましょう。

ノートルダム大聖堂のある広場では数分おきに歓迎の飛行機が飛んでいて騒がしかったですけど、聖堂に入ると飛行機の音は全然聞こえてきませんでした。
しゃべっている人自体があんまりいなくて、静かです。
BGMとして讃美歌が小さく掛かっていました。
縦にも横にも広~い空間で、巨大花火のような大きなステンドグラスが建物の壁を囲んでいました。
所々に像が置いてありましたが、キリスト教の逸話をあまり知らないので、誰が何の情景を語る像なのかは解りませんでした。
ノートルダムは時代が下るごとに大きくなっていったらしく、その様子が絵で紹介されていました。そこだけ解ったw

ミサを観ればまた違うのかも知れませんが、今回はシテ宮殿のほうが感慨深かったです。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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