7月13日(水)の日記

朝8時頃に起きました。
朝ごはんは食べられそうにないので、省略。
昨日お店から持って帰ってきた夜ごはんの残りをお弁当箱に詰めました。
午前9時頃にチェックアウトして、テルアビブの新セントラルバスステーションに行きました。
チャージ式の交通パスカード、ラヴカヴを買いました。
窓口の担当者がとても不機嫌そうで、カード発行が終わったら放り渡す感じで私のパスポートを返却しました。

そのあと、たまたま通り掛かったテルアビブ市内バスのインフォメーションセンターでカードにお金をチャージしました。
ティベリヤ行きのバス乗り場を探すのに手間取って、10時台のバスは出てしまいました。次は 11時半だとのことなので、バス乗り場のベンチに座ってお弁当を食べました。

外は日本の真夏と同じように日差しが強くて暑いですが、バス乗り場はビルの6階で屋内なので、お弁当を食べるには快適です。
まだ胃の調子は回復半ばですけど、野菜が多かったので食べきれました。
お弁当はすぐ悪くなってしまうので、ちょうどいい時間に食べることができて良かったです。
バスに乗って、ティベリヤへ。
ラヴカヴカードで乗車したときの会計かとても楽になりました。

2時間ほどでティベリヤに到着。
午後2時だったせいなのか、朝のテルアビブよりさらに暑い!
日差しが痛い!

ホステルに着いて、重いスーツケースを抱えて助けてもらいながら3階のフロントへ。
そこで重大な事が判明orz
パスポートに挟んでおいたビザがない……。

カバン類を全て出して探しましたが、ない。

とりあえず、部屋へ。
昨日のテルアビブの宿泊手続きのときは問題なかったので、そのあと。
ラヴカヴカードを発行してもらったときにパスポートを処理してもらったので、そのときに紛失したんでしょう。。。
ここのホテルのフロントからラヴカヴ発行所に連絡してもらおうとしましたが、インターネット上からはラヴカヴ発行所の電話番号が見つからないとのことでした。
ビザがないため割高料金で、部屋の鍵の担保金も必要でしたが、なんとかホステルの宿泊手続きはできました。

昨日友達になったネット君がテルアビブに詳しくてヘブライ語もわかるようなので、部屋に入ってから Facebookでネット君に連絡。
もしテルアビブのセントラルバスステーションの近くに行くことがあったら、ラヴカヴ発行所にビザがあるか聞いてみてくださいとお願いしました。

さて、パリでツアー添乗員さんからもらったチョコレートが、ティベリヤの暑さで溶けてカバンの中がひどい状態になっていたので、それを拭きました。
部屋にエアコンはありましたが、リモコンがない。
フロントにもらいに行けるほど気持ちの余裕がなかったので、暑い室内で汗を垂らしつつ、ビザ紛失の絶望感に打ちひしがれながら、汚れたカバンと中の物品を拭いました。

ネット君から連絡が。
セントラルバスステーションにわざわざ行ってくれたそうです。
発行所の窓口で聞いて電話してくれました。
残念ながら、発行所では見かけてないとのことでした。
(数センチ四方の小さい紙なので、不機嫌な係員がゴミだと思ってゴミ箱に捨てたんじゃ……)

テルアビブにある日本大使館に電話しようと思いましたが、夕方5時になって時間外になってしまいました。
ググったところ、日本大使館ではなく移民局に問い合わせると書いてありましたが、私は初歩的な旅行英語しかやりとりできないので不安です。。
まずは日本大使館へ連絡したいので、明日まで待ち。

外に行く気力がなかったので、ベッドで寝てました。
が、15分くらいで部屋の暑さに負けました。
このまま寝てたら熱中症になりそうだったのてま、フロントからエアコンのリモコンをもらってきて、クーラーを起動。

少し休んで、夜8時に起きて外を歩いてみました。
フランスと違って、すっかり夜です。
ガリラヤ湖の岸辺のほうへ行ってみて、マクドナルドがあったので、ナゲットと飲み物などを軽く食べました。

昼間が暑いのと、夏休みなのか、子供連れの家族がたくさん行き交じっていました。
帰ってきてお風呂に入って、電話を掛けられる場所を聞いて(フロントの電話を借りるしかないそうです)、この日記を書いて、夜11時過ぎになりました。寝ます。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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