7月14日(木)の日記

朝9時になったら、ホステルのフロントで電話を借りて、テルアビブにある日本大使館へ電話しました。
ビザ紛失について聞いたところ、特に問題ないようです。
出国できないといった問題は報告されていないそうです。
もともとイスラエル入国の時に発行される滞在許可証は、パスポートに押されるスタンプの替わりで、長期滞在ビザとは異なる代物だからのようです。
いずれにしても問題ないとのことで安心しました。
イスラエルの移民局へ英語で問い合わせと手続きをしないといけないのかとビクビクしていたので、何もしなくて済んで本当に良かったです。

食堂へ行って、朝ごはんを食べました。
卵2つと野菜を少々、お茶をば…。

ホステルを出発して、路線バスでガリラヤ湖の北のほうへ。
一番行きたかった山上の垂訓教会に行ってみました。
最寄りのバス停を降りて、炎天下の道を10分ほど歩いて、教会に着きました。
が、着いたときはちょうど正午。残念ながら、正午~午後2時まで教会は昼休みで閉まっていました。
ほかにも廻りたい場所がいくつかあって、午後2時まで待っているとほかの場所を見れなくなりそう。

昼休みの間にも観光客は到着していましたが、みんな車で来ています。
そうか、真夏は車でくるべき場所だったんだなと今ごろ気づくorz
ここのバス停には立て札があるだけで休憩室がありませんでした。
日本に居るときにストリートビューを見ておこうと思っていながら忘れていました。
見ておけば日陰があるかどうか判ったから、ここにくるかどうか判断の参考にできたんだけど…。

木陰でいいからないかなと期待しながらバス停まで戻りました。
が、日陰は全然ない…。15分くらいバス停に居ましたが、バス停に時刻表はなく、あってもこれは暑くて長時間は待てないなと感じたので、徒歩で山を降りることにしました。
幹線道路で車はバンバン通っているし、何も無いステップ気候の沙漠地帯なので、バスが通り掛かれば乗せてくれるかも知れない。
3キロ~4キロくらいあったでしょうか。。
2回看板の陰に入って休みながら、帽子姿で炎天下を歩いてしまいました。
しょっぱい梅味の飴を舐めて塩分補給しながら、時折水を飲んで、日焼け止めを重ね塗りしつつ、それでも黒いTシャツを着ていて暑かったので、途中から白の長袖を羽織りました。
バス停にいた頃は時折多めに風が吹いてくる程度だったんですが、だんだん強風の向かい風になってきました。

体温が上がりすぎてクラクラし始めた頃に、ふもとのバス停に着きました。ここには屋根と椅子がありました。
けっこう熱風ですけど風が吹き付けてくるので、水を飲んで、いくらかクールダウン。
ただ、ここは反対車線のバス停なので、ホテル方面のバス停はもう少し進んだところにあるようです。
Y 字路になっているため、ここからバス停は見えません。
水も残り少なくなったので、歩ける体温になってから意を決して移動。
比較的すぐ目的のバス停へ着きました。
ここも同様に屋根と椅子があり、付近の村や観光スポットから着た観光客が何人か居ました。
10分くらいすると、バスが到着しました。
この付近の観光スポットは諦めて、ホテルのある街へ。

いやはや。生きて帰ってこれてよかったわ。
パリでの便乗詐欺といい、ビザ紛失といい、自分には1人で海外旅行をする資格はないなと思いました。

出発した時として同じのセントラルバスステーションに戻ってきました。
無謀な計画で生命力も時間も無駄にした気持ちになりました。
でも、冷房が効いたバスで元気が戻ってきました。
ティベリヤの街の中を散策できるくらい復活したし、バスステーションの売店で水も買ったので、初日に行きたかった街の中にある聖ぺテロ教会へ行きました。

ミサの時間以外は参拝客はほとんどいないらしく、入口は施錠されていました。
掲げられていた案内に従って呼び鈴を鳴らすと、開けてくれました。
庭を通って廊下を進むと、カトリック式の礼拝堂がありました。
もちろん誰もいなくて、私が椅子に荷物を置く音が響きました。
壁際には聖ぺテロとガリラヤ湖にちなんだ逸話の壁画や、聖人とイエスやマリアやなどの木像がありました。
祭壇で丁重にお辞儀をしました。
山上の垂訓教会を諦めて行き倒れそうになった後だけに、涙が出ました。

開放された扉があって陽が入ってきていたので行ってみると、半円状の壁になっている白い記念碑がありました。
1945年に隣国のレバノンで亡くなった兵士のものでした。
ここティベリヤはイスラエル北部にあって、北のレバノンまでは数十キロくらいでしょうか。
向かい側に、ガイドブックに載っていた聖ぺテロの青銅像がありました。
礼拝堂に戻って、ふと見ると献火用のろうそくがありました。
自分はキリスト教徒ではないですけど、せっかくなのでやりましょうか。
いくらなのかは書いてなかったので、日本の相場をもとに箱に 3シェケル(90円)を入れて、献火しました。

帰り際、廊下を戻っていたら、猫がやってきました。
さっき前庭にも猫がいましたが、別の猫でした。
すんごく人懐こくて、ゴロゴロ喉を鳴らしながらすり寄って来ました。
ひとしきり撫でたら廊下の床にごろんと寝転がって毛繕いをし始めた。
うちの実家の猫は見ず知らずの人にこんなになつかないよw
神様からのささやかなプレゼントですかね?

その後、庭から呼ばれて猫がそちらに行ったので自分も前庭に出ました。
どうやら別の猫が呼ばれたらしく、なつこい猫は私の姿を見たら戻ってきました。
私が敷地の玄関へ向けて歩き出すと、送ってくれるかのように先導してくれました。
ただ玄関に行くのではなく、歩いてはこっちを振り返ってくれて、私が立ち止まるとちゃんと止まるんです。
すごい…!稀な参拝客をこうして送り出すのが日常なんですかね。微笑ましい(*´ω`*)

教会を出たら、湖畔の道を少し歩いて、そのあとホテルに戻りました。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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