7月21日(木)+22日(金)の日記

朝6時頃に起きてチェックアウトの準備をし、7時すぎにルームメイトの日本人男性と朝食。
エルサレムを日帰り観光してくる彼と途中まで一緒に行き、私はハ・ハガナー鉄道駅へ。
ホームにいた空港へ行くという軍人さんの女性に乗るべき電車を教えてもらいながら、ベン・グリオン空港に到着。

まずは両替所へ。
さすがに日本円は無いとのことで、シェケルをユーロに替えてもらいました。

次。セキュリティ質問で、職業はファッションデザイナーだと答えたら、デザインを見せてほしいと言われたので、ポートフォリオを見せました。
そしたら質問官の女性2人がポートフォリオに載っている写真を気に入ってくれて、彼女たちのテンションが一気に上がってました(笑)
「イスラエルではファッション産業が盛んだから、これイイと思う!私これ好き!」というようなことを言ってくれて、特にTシャツと一緒に着るスタイルなどがお気に召したようです。
私もテルアビブで生地を仕入れたいわぁ。
テルアビブで生地を仕入れつつ、浴衣販売もやるとそこそこ受けるかも?と思った瞬間でした。

セキュリティ質問→チェックイン→金属探知機→出国審査まで順調に来ました。
出国審査場の隅っこにあったオフィスで、無くした滞在許可証も再発行してくれて、無事に搭乗口へ行けました。
搭乗もすんなり行って、機内食も元気に食べることができました。
往路と同じメニューだったので、来たときは胃が不調だったのを思い返せば、イスラエルで食休みできてよかったわぁ。

フランスのシャルル・ド・ゴール空港でもすんなりと乗り換え…と思いきや、飛行機に搭乗したあとで席がほかのお客さんとダブっているという出来事が。
搭乗券を旅行会社さんへ後日に送らないといけないんですが、席を確認するため客室乗務員さんが私の搭乗券を持って行ったまま、先に離陸しますので、とりあえず座ってくださいとのこと。
えー。。。とりあえず座りつつ、搭乗券を返してくださいと私が言ったら、あとで返しますと。
この日本という国は…出発時刻を最優先にして遅刻は絶対させないように、お客さんの対応は後回しかい。
席は相手側が間違っていたようで、搭乗券も無事に返してくれたので、結果オーライでした。
ふぅ。最後の最後まで疲れますね。
この運の無さは厄年だから??

さて、日本の航空機に乗り終われば不安は無くなるので、ドリンクサービスでは久しぶりにワインを頼んでみました。
が。これで悪酔いしてしまい、夜ご飯の機内食を食べられませんでしたorz
数時間 吐き気と血圧低下で苦しんだあと(笑)、うたた寝同然で就寝し、朝ごはんの機内食はしっかり食べました。

羽田に着いて、帰国したよ報告を方々へ送りつつ、ユーロを日本円に両替して、帰宅しました。
今日の東京は 23℃くらいしかないそうで、出発した日と似たような涼しさでした。

旦那が居るとはいえ、3週間ぶりの帰宅で自宅では薄ら埃がたまっているようだったので、軽く掃き掃除しました。
そのあと、スーツケースの車輪をアルコール含有のウエットティッシュで拭きました。
パリもエルサレムもテルアビブも、道端は東京よりもかなり汚いので、殺菌殺菌。

中身を明日の展示即売会の荷物に入れ換えて、明日のお昼のサンドイッチやお茶などを買ってきて、準備万端。
時差ぼけがどれくらいあるか未知数ですが、寝ますー。
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プロフィール

Ayako SHIOZAWA

Author:Ayako SHIOZAWA
國學院大學の神道文化学部を卒業したあと、戦国無双2をきっかけに日本LOVE魂に火がついて、和風の服のデザインを描くようになった元ゲーマーです。FtMのトランスジェンダーでもあります。

このブログを始めた当初は、現代でも通じるカッコイイ和風が見たい一心でなんとなく手を動かしていました。

2010年4月~2012年3月に、会社員をしながら週末に服飾の専門学校に通い、洋服の作り方、ブランドコンセプトの立て方などを学びました。卒業後から「ストリート・ジャパネスク」の商品として浴衣2点作り、販売し始めました。

2014年からフィギュアスケーターの羽生結弦選手にハマって、メールン・アフロディーテというブランドを考案しました。目下、レンタルに向けて商品開発中です。

2015年3月末に、それまで7年間やっていたシステムエンジニアの仕事を離職しました。ファッションデザイナーとして自分のブランドを営みつつ、たまにフリーランスで型紙作製などを行う個人事業主です。

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